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第5章 転換期

第11話 全力の意味

 

2006年4月1日


松田は1年のうち、4月1日を1番楽しみにしている。


新しい仲間が入社してくるからだ。



早朝、部屋店のある支店から声が聞こえてきた。


・・・・ハイ!


「おなかに力を入れよう!」


・・ハイ!!


「まだいけるよ」


ハイ!!!


「自分の持てるすべてを出そう!」


ハイッ!!


「いいんじゃない?」


「ハイッ!!」

全員が「はい。」という一言。


返事の練習をしていた。

 



近所迷惑に近い大きな声と朝早い時間だったが、


8人はすがすがしい気持ちで練習を終えた。

 



「さぁ、行こうか。」

 



松田と元田と新入社員たちはホテルの会場に向かった。


合同入社式が行われる。


ホテルの会場につき、エレベーターホールには緊張した学生達と、経営者たちで混雑していた。


やっとのことでエレベータに乗り込み、6階を押す。


松田、元田もほかの経営者たちと挨拶をした。

 

 



おぉ元気か!
新入社員同士もまるで戦友かのように挨拶をしている。
数日前に一緒に研修した仲間だ。

 


9時半を過ぎた頃


「新入社員の皆様入場してください」


アナウンスと同時に学生たちは会場へ次々と入場していった。
 

 

 


松田と元田は急いで席の確保に入場していった。


最前列でベストボジションに座れた。


席を確保し、ほっと胸をなでおろした。


が、席に座っても松田はそわそわしていた。


「元田君、ちょっとトイレに行ってくる」


いつも緊張すると言いながらあまり緊張しない松田だが、今日は緊張していた。

 

 



「緊張するなぁ、元田君」


トイレから帰ってきた松田は元田に声をかけ椅子に座った。


「いやぁ、緊張しますね。」


元田は全く緊張していなかった。


のちに部屋店の社長になる男はなかなかの人物である。
 

 


時計は10時を指していた。


「定刻となりました。これより2006年合同入社式を開催いたします。」


号令とともに待ちに待った入社式が始まった。

 



来賓の方の祝辞を終え、ついにこの時が来た。


ゆっくりと「新入社員の紹介」に進んだ。
 

 


「これより新入社員を紹介させて頂きます。」


松田は一層力強くハンカチを握った。


背もたれにかけていた背中を前に倒し、白いネクタイをキュッと締めた。

 

 

 



「株式会社 ○○ ・・・・・○○さん」


「・・・はい。」


「○○さん」


「はい。」


次々と会社ごとに新入社員が紹介されていった。
 

 

 


部屋店は「は」行だ。部屋店キャストは60番目の出番だった。
 

 

 


「元気ないな」


「朝の練習が発揮できるかな。。」

 

松田は心配そうに口走っていた。

 

 

 

 

 


次々に会社が呼ばれ、ついに部屋店の番だ。

 

 

 

 


息を飲む。

 

 

 

 


「有限会社 部屋店 潮 美保江さん」

 

 

 

 


「ハイッ!!」

 


音ひとつない会場に雷が落ちたような、一瞬の出来事だった。



来賓がまっすぐと前を見て起立した潮を見つめた。

 

 



潮に続くように、猛進の岡がさらに太く大きな声で返事した。


8人は会場にこだまするくらい大きな返事ができた。


あまりの元気さに驚いた経営者たちの視線はまっすぐ前を見つめる8人に注がれた。

 

 

 

 


入社式が終わり、会場を出ると来賓の先生が松田に駆け寄ってきた。

 


「どうしたんですか?松田さん」


「先生お久しぶりです!!」


「すごく大きな声で返事する新入社員がいたと思ったら、


松田さんとこの社員じゃないですか。僕は感動しましたよ。


これからが楽しみですね。」



大きな返事で感動を創り出すことができた。


返事ひとつで感動できることを知った。
 

 

 

 


部屋店は10の力を12にしてほしいわけではない。


10ある力を7や6に加減し、小手先でやってほしくない。


全力でやるということは10ある力を10出し切るということだ。

 

 

 

 


この年から部屋店では新入社員の入社式返事は

その年のバロメーターを示すものとなっていた。
 

 

 

 


数年後、

 


「よし、本気を出してみようか!」

 


「笑顔で」

 


「何期生が一番元気だ?」

 


「姿勢も大事だよ。」

 


「ずっと続けると人生が変わるよ。」



松田は今年も新入社員を見つめてほほ笑む。

2015/01/06 18:26

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