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第5章 転換期

第8話 そして時が止まる

 
「・・・ようございます。。。」
 
「・・・ざいます。。」
 
「おはようございます!!」
 
「・・・ございます」
 
 
 
 
 
時計の針が7時を指そうとしていた。
 
学生たちもすこしずつ集まり、会場がにぎやかになってきた。
 
あちらこちらで社長に挨拶する子や、同級生を見つけおしゃべりをする子、
 
前日から緊張し、眠れなかった子など様々だ。
 
 
みな同じなのは、来週4月1日に新入社員になる事だ。
 
 
 
1時間ほど過ぎたころか、
 
百数十名の学生、いや、新入社員が席につきさっきまでのにぎやかさはどこかへ消えていた。
 
 
 
静けさをかき消すように、
 
研修実行委員長の挨拶で2泊3日の泊り込み研修始まった。
 
 
 
松田のカリキュラムは、オリエンテーションの次。
 
研修初日、1番目のカリキュラムが始まった。
 
 
 
 
 
 
 
 
「さぁ、始めようか。元田君。」
 
 
 
 
 
 
 
「みなさん、おはようございます!! 部屋店の松田です。」
 
学生たちの緊張したまなざしが松田に集中する。
 
 
「・・・ようございます。」
 
 
 
つられて挨拶した学生の声が聞こえた。
 
「もう一度挨拶してみようか。せっかくの研修だから大きな声でいこうじゃないか!
 
おはようございます!!」
 
 
 
「おはようございますっ!!」
 
 
大きな声を出したつもりだが、新入社員達の緊張の糸は解けない。
 
かまわず、松田は続けた。
 
 
「今から皆さんには他己紹介という、隣に座っている人を
 
グループメンバーに紹介するというゲームをしてもらいます。」
 
 
 
学生たちの目は気持ちやわらいだように見えたが、まだまだ緊張しきっている。
 
研修と言うこわばり、ゲームだといささか研修も楽しいことのように聞こえる。
 
「グループメンバーに紹介する前に、隣の人にいくつか質問をします。
 
質問したこと自分が感じたことを含め、グループメンバーに紹介してあげてください。
 
言葉で説明しても分かりにくいので、実際やってみせます。」
 
 
松田はマイクスタンドをはずし、壇上にいすを2脚置いた。
 
その向かいに元田が座った。
 
松田はマイクを持っている元田に合図をした。
 
 
練習通り元田は松田に向かって質問し始めた。
 
 
 
「初めまして。元田です。お名前を教えてください。」
 
「私、松田です。株式会社部屋店からきました。」
 
松田は学生というより、就職試験を受けている学生のようだった。
 
「年はおいくつですか?」
 
「22歳です。」
 
大学を卒業したばかりの学生とあわせたつもりだったが、会場の視線はピクリともしなかった。
 
社会人第一歩の研修のせいか、必死にメモを取っていた。
 
「趣味はなんですか?」
 
練習通り元田は続ける。
 
「映画を見ることかな。でも、最近忙しくて見れてないなー。
 テレビも良く見るよ。アニメも好きです。」
 
「どんなアニメが好きなんですか?キャラクターは?」
 
「ドラゴンボール!!!クリリンが好きじゃね。あの性格憎めんけんね。」
 
「へぇ。クリリンですか。。。
 学生のときは何を学んでいたんですか?」
 
「マスコミュニケーションについて学んでいました。
 事の捉え方や、発信について細かく学びました。」
 
「へぇ。すごいな。かっこいいなー。次に・・」
 
ピピ・・・
 
タイマーの音が百数十名の新入社員がいる会場に響いた。
 
松田が立ち上がった。
 
「今の会話から元田さんが私のことをみなさんに紹介してくれます。」
 
松田が一歩下がった。
 
元田は一歩前へ出て再度会場を見渡した。
 
学生の真剣なまなざしが、元田をも緊張させた。
 
 
少しでも和やかに、楽しい研修にしたかった元田は練習とは違ったスタートを切った。
 
 
 
 
 
「ここにいる松田さんは、クリリンです。」
 
 
 
 
 
にんまりとした元田とは別に会場の時は止まった
 
 
松田の予感は当たった。
 
今朝、「大丈夫か?」と念押ししたのにと、ぐっと目を閉じた。
 
 
 
一方、元田は予想外の反応から全身の毛穴から汗と言う汗が噴き出始めた。
 
 
 
2秒か、3秒なのか、いや、わけがわからないながら、元田はマイクを強く握った。
 
額からは汗が出ており、今にも滴りそうだ。
 
頭からは湯気がたちそうだ。
 
これじゃまるで、スーパーサイヤ人だ。
 
 
 
 
 
「ドラゴンボールが好きでその中でもクリリンが好きだそうです。
 よく見ると似てませんか?」
 
 
 
またしても会場からの反応はない。
 
 
 
 
 
時は2度止まった。
 
 
 
 
 
この時松田は会場が静かすぎて自分の笑をこらえるのに必死だった。
 
笑っているのは松田1人。
 
あとは、パニックの元田と真剣な学生たちだった。
 
 
 
 
 
 
 
なんとか、クリリンから離れ、元田は松田君をみんなに紹介し終えた。
 
学生たちは自分たちの他己紹介に入った。
 
紹介が終わるころには、会場の雰囲気は和やかなものになってた。
 
 
全員の他己紹介が終わり、相手を知る事の大切さとコミュニケーションの大切さをまとめに
 
松田はカリキュラムを締めくくった。
 
 
 
 
次のカリキュラムに移り、松田と元田は反省会を行っていた。
 
「大丈夫なことないじゃないか元田君。」
 
「いやー、いけると思ったんですけどね。」
 
元田の顔からまた、汗がにじんできた。
 
「いや、さすがだよ元田君。」
 
 
 
松田は初めての研修を苦い思い出で終えた。
 
 
 
 
 

2014/10/01 15:21

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